覇道よりも王道を進み、
地域社会に欠かせない企業グループを目指す。

昭和35年に津山高校を卒業後、家が貧しかったため大学進学を諦め、自営の道に進みました。その時に、これからの時代はモータリゼーション社会になると予測したのです。モータリゼーション社会で不要になった車両は、放置や不法投棄で社会問題になります。それをリサイクルして鋼材の材料としたり、利用可能なパーツは再販売する。これは、社会のためになり、ユーザーのためになり、収益にもなる。そのような観点から、自動車解体業を営もうと決意しました。 しかし、店を構える資金がない。資金づくりのため、車一台で廃品の行商を始めました。廃品以外にもくず米、雑穀、山羊や子豚などの家畜まで、それこそ何でも扱いました。そうして資金を工面し、昭和40年に全本金属を立ち上げたのです。 ここが、行商ではなく居商としてのスタート。私の、企業経営者としての原点です。

企業理念は、私が23歳で全本金属を興した時に考えたものです。企業活動は自分の生活のためだけに行うものではありません。雇用や納税を通じて社会に貢献しなければならない。そのためには、当然、利益をあげなければなりません。ただし、その利益は適正なものでなくてはいけない。暴利を貪ってはだめなのです。そして、利益をあげるための企業活動は道理にかなったものでなくてはいけない。違法なことや卑怯なこと、投機的なことはしないということです。
言い換えれば、真面目に真っ当な企業活動を行い、それに見合った利益をあげるということです。革新や発展をかっこいいと考える今の若い人は古臭いと感じるかも知れませんが、現在重要視されているコンプライアンス等の視点からみても、私は現在でも十分通用すると自負しています。

アミューズメント事業への進出のきっかけも、モータリゼーション社会の予測からです。当時、パチンコ店は駅前や繁華街でなければ成り立たないと言われていましたが、私はそうは思わなかった。車社会になれば、郊外に店を出しても、広い駐車場を備えていれば、必ずお客様に来店していただけると確信していました。そこで、全本金属を移転した跡地にラスベガス1号店を出店したのです。
情報分野のソフィアは、もとは知人から津山に情報関連の会社を設立して欲しいという依頼がきっかけでした。私もこれからはコンピュータ社会になると感じていたので、事業をスタートさせました。
単に運が良かったからだと思っています。しかし、運というのは何もしなかったら掴めません。やはり、こうありたいという強い熱意を持ち、日々努力をする。そして、上手くいっても傲慢にならない。そうすれば機会というのは自然と訪れるし、そのチャンスを掴むことができるのです。要は道理にかなったことに対して、熱意を持って努力することに尽きると思います。
京セラの創業者である稲盛和夫さんは、
と著書に書かれていますが、その通りだと思います。中でも、私は「考え方」が大切だと思います。「自分さえ良ければ」とか、「悪いことが発覚しなければ」という考え方ではいい結果は生まれない。世間には非常に高い能力と熱意を持ちながら、考え方を間違えたために、失敗する方が多いのも事実です。

経営的に必要な事業展開は思い切って行いますが、むやみに拡大路線を進めることは考えていません。それよりも、ZENSHINグループを地域社会になくてはならない存在にしたい。広く浅い関係構築をするのではなく、地域に深く浸透する企業でありたいと考えているのです。そのためには、各社の内面的な向上を図り、経営体質の優れた企業グループにすることが最重要の課題だと考えています。 地域の皆さんに愛され信頼される企業となり、社員の意識や能力を向上させ、企業の価値を高めていく。こうしたことを長期的なスパンで行い、安定成長を目指すことが王道だと考えています。その結果、地域社会から存在価値を高く評価される企業グループとなりたいと考えています。

私は社員に対しては公平公正をモットーにしています。新卒者も中途採用者も分け隔てはしません。ポストへの登用も機会を平等に与え、実力で評価します。人物評価で重視するのは、人としての考え方、熱意、能力。そして、人としての考え方で何が大切かといえば、「忠恕」(良心に従って誠実に行動する事、他人のことを自分のことのように思いやる心)と、「中道」(かたよらない、正しい道、中庸のみち)だと考えています。そうした資質を備えた社員とともに、これからのZENSHINグループを向上、成長させていきたいと願っています。














